第8話
アパートを出、ユウスケとヘイタは幽霊のユメコを周囲に飛びまわらせた状態で、大学の近くに在る交番へ入った。もちろん彼らの手の中には、ぼろぼろのムンナの縫いぐるみを包んだ風呂敷代わりのマントがある。
「元々遊園地の落とし物なんだし、記録が何かあるかもしれないよ」
「でも大抵は遊園地の忘れ物の預かり場所をアテにすると思うんだけどな」
ユウスケは乗り気だが、ヘイタはそうでもなさそうだ。
ユウスケの提案で来た交番に詰めているコジョンドの警官に遺失物の管理簿を調べてもらった。その間、ユメコが何かしらしでかすのではないかと、ユウスケとヘイタは肝を冷やしたままだった。幸いユメコは彼らの頭上に浮かんだまま、周囲をきょろきょろ見回して珍しがっていただけに終わった。
長い時間が経った後、ユウスケとヘイタはそろって交番を出た。手がかりは何もなかった。
「よく考えるとさ、記録に残るのはそれを拾った人の名前であって、落とし主の名前じゃなかった」
とぼとぼ歩きながらも、ユウスケはがっくりと肩を落としている。ヘイタは疲れた顔で隣を歩く。やがて最寄りの公園にたどりつき、二人は歩くのを止めた。
「こうなったら、この町内の家を全部尋ね歩くしかないかなー。面倒くさいけど……」
「でも、ぬいぐるみが遊園地に落とされて長いこと経ってるからねえ。その間に取り壊された家もあるだろうし、もし家がそのまま残っていても元の家族が引っ越してしまってるかもしれない」
「何もしないよりはマシだろ」
「そうだね」
それから二人は、頭上を飛び回るユメコに問うた。
「なー、お前んちってどんな家だった? どこに建ってた?」
「何か特徴は?」
ユメコはしばらく考える。
大きな川の傍に在るの! お庭のあるおうち!
「大きな川の傍に在る家で、庭があるところねえ。それって、池があるのか、綺麗な花がいっぱいあるのか、どんな庭なんだ?」
んーとね、んーとね。
そこでユメコはしばし悩む。思いだそうとしているのか、それとも思い出せていてその光景を表せる言葉が見つからないのか。
えっとね。ぶらんこのあるお庭!
ようやっとユメコは思い出してくれた。しかしブランコとは……。
「ブランコねえ。それってホームセンターとかで展示されてる、子供用の小さい奴だよな?」
「そうとしか思えない」
「でも何年も経っちゃったんだ、さすがにもうブランコを外に出してる家なんてないと思うぜ」
「その家族がずっと住み続けていて、新しく家族を作って子供が生まれたんなら、まだ使ってるかもしれないよ? 大切に保存されているならそんなに痛んでないかもしれないしね」
「そうだなー」
しかし川の近くにあるブランコの置かれた家といっても、他に特徴はないものだろうか。
「川沿いの家というだけでも収穫はあったよ。探す範囲がかなり絞られたもん。川なら大学の近くを流れてるしね」
ユウスケの言葉に、ヘイタはいちおう頷いた。
「川沿いに建っていて庭のある一戸建て、かな? それともアパートやマンションかな? 一戸建てなら小さなブランコだろうし、アパートやマンションなら備え付けの遊具だし」
ヘイタは滑り台のてっぺんに登った。公園は小高いところにあるので最も高い遊具に登ればある程度町を見渡せる。見晴らしが良い状態で、ヘイタはユメコに聞いてみた。
「お前んちって、どんな形してた?」
遠くに見える建物を指しながら、あれかこれなのかと問う。高層マンション、洋風一戸建て、二階建てアパート。ユメコはちがう、ちがうと答えていくも、ある家の形を見て「アレだ!」と喜びの声をあげた。
あれ! あれがおうち!
喜ぶユメコとは反対に、ヘイタとユウスケは顔を見合せた。なぜって、ユメコが「おうち」と言ったその家の形は、中古マンション。しかも最寄りの川からは離れている。
「川から結構離れてるじゃん。どこが傍なんだよ」
「た、たぶん、川を見下ろせる上の方の階に棲んでたんじゃないかな? だから傍に在ると思ったんだよ」
ねえ、はやく行こうよー、おうち帰りたい!
その中古マンションを自宅だと思ったらしいユメコに催促され、二人は公園を出た。
この中古マンションに住人がいればいいが。そしてその住人が、ユメコの持ち主であればいいのだが。
二つの願いが二人の大学生の中に生まれ出る。ユメコはそんな思いなど気づくはずもなく、二人を早く早くと急かすのであった。
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